元FMステーション編集長・恩蔵茂が語ったあの頃「FM放送に誰もが夢中になっていた1980年代は[Jポップ黄金時代]」

ネット配信時代の音楽

ネットを通じてストリーミングサービスとダウンロードで音楽を楽しむようになった現代では、FM雑誌の番組表にマーキングしながらエアチェックに励み、時のたつのを忘れてカセットケースをドレスアップし、音楽に形を与えて、自分だけの所有とする楽しみを感じていた、その情熱はもう理解されないかもしれない。だが、ネットのおかげで、音楽から地域と時代の高い壁が取り払われ、どこの国のいつの時代の曲であろうと、世界中の誰もが楽しめるようになった。いま、日本の80年代のシティ・ポップスが海外で人気だという。

ひとつだけ、『FMステーション』創刊以前の個人的な思い出話を許していただきたい。『カー・アンド・ドライバー』の小さなコラムのために、79年、「真夜中のドア』でデビューしたばかりの松原みきさんを取材したことがある。マネージャーもレコード会社の宣伝スタッフも付かず、ひとりで現れたみきさんと、カメラマンを含む3人で、真昼の赤坂を歩き回って撮影した。デニムのショートパンツから伸びる長い脚にハイヒールのサンダルを履いた彼女は、健気にポーズをとっていた。「真夜中のドア」はそれなりに売れたが(オリコン最高位28位)、この曲が持つ不思議な情感と彼女のボーカルの魅力が正当に評価されたとは思えなかった。作曲は、1973年デビューのシンガー・ソングライター、林哲司。

この曲と同時期に竹内まりやの『SEPTEMBER』も手がけ、作曲家として一躍注目を浴びた。何げなくYouTubeをのぞいていたら、『真夜中のドア』のコメント欄は外国の文字であふれていた。そのなかに「彼女が生きているうちにこの歌を聞きたかった」という英語の投稿があった。若くして世を去った彼女の歌声がいま、世界の各地で聴かれていると思うと、この時代の音楽シーンの在り方も決して悪いものではないな、と思う。

筆者プロフィール

恩藏 茂(おんぞう しげる)

作家・編集者。元FMステーション編集長。歌謡曲、Jポップ、ロックなど幅広い音楽に詳しい。とくにビートルスに関する造詣が深く、FMステーション誌の音楽知識のバンクボーンになっていた

『FMステーション』とエアチェックの80年代(恩蔵茂 著)

書籍紹介

『FMステーション』とエアチェックの80年代 僕らの音楽青春記
恩藏茂 著(河出文庫)
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